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限界間近 [家族]

昨晩、月は爆発寸前までいってしまいました。
何が・・・というと。。。
夫の両親が勝手に部屋に出入りするんです。
しかも月の留守の間に。
結婚してからしばらくは「まさか他人も住んでいるしかもプライベートな場所には入らないだろう」と思っていましたが、その「まさか」が日常的だったことにかなり傷つきました。
まさかが確信に変わったのは、寝室クローゼットに入っていた衣装ケースを出して勝手に衣替えされた事です。
この時のショックは今でも忘れられないほど強いものでした。
月は何でも行動が後になりがちで、部屋のゴミ出しなどはいつも先回りされてしまっていました。
自分がさっさとしてしまえば問題ないのですが、もう少し溜めてからと考えているところで必ず持ち出されます。
部屋に入られるのが嫌だから、廊下に(物を置くのは嫌ですが)わざわざダンボールを置き、そこへ溜めてから出すようにしているのに、それでも入られる。
昨日の朝もそうでした。部屋に置いておいたゴミ袋が消えていた。
夫の性格上、自らゴミ捨てをする事はまずありません。なぜなら結婚前は部屋にゴミ箱無かったし。
そうなんです。結婚した当初、この家にはゴミ箱が一つだけ。台所はダンボールで作ったものでした。
それがいけないのではなく、分別していなかったんです。
可燃不燃全部一緒。
ありえない。野田市にだって分別はきっちりあります。
ゴミ出しや掃除がきちんと出来ないのに、他人の部屋のゴミ出しは勝手にするってどういう事⁈
昨日は夕方まで外出だったので、出かける際に張り紙をしました。
「留守中は勝手に入らないようにお願いします。」
寝室と普段過ごす部屋にそれぞれ。
それが、帰宅したら剥がされて部屋のコタツの上に置かれていたんです。
もうびっくり。
入るなと注意書きしていたのに入る神経理解できません。
張り紙をしたのは、夫から両親に事あるごとに伝えてもらっていたにもかかわらず、昨日の朝も入られたという事実に気づき、これまでの積み重ねもあって言葉がきつくなり取り返しのつかない事態に陥る可能性が高かったから。
他人と自分の区別が出来ないのでしょう。
しかも、他人の事情を覗き見するのが好きだし。
悪気はないのでしょうが、それがなければ何をしてもいいという事ではありません。
更に、防犯意識が全くない両親。
昼間だってロックせず、二人で裏の畑に出る。すぐ裏だからという気持ちなんでしょうが、人が来ても気づかない。来た人が良心的な人とは限らない。
しかも呼び鈴だって聞こえていない方が多い。
空き巣に入られたってモンク言えないよ。
そういう事もあり、月はこの家には安心して住めていません。
昨日の事もあり、せめて寝室にだけは鍵付きのドアにしたいと考えていますが、これも勝手に合鍵を作られそうで怖いです。
このまま月が不安を飲み込み続けたら、もう少しは持つかもしれませんが、必ず爆発します。
だから、昨晩夫に話しました。
留守中勝手に出入りされる事がどれだけ嫌な事か、どれだけショックを受けたか、とにかく溜まりに溜まった気持ちを吐き出させてもらいました。途中から、自分を制御できず涙がボロボロ出てきてしまいました。
泣くのは卑怯だとはわかっていても止まらない。
だけど、月がどれだけ溜め込んできたかはわかってもらえました。
夫を困らせてしまいましたが、これからの二人の生活を守っていくためにはやはり話して今の気持ちを伝えたかったのです。
もちろん、両親だって月に対して思う事はたくさんあるでしょう。
ただ、安心して生活していくために守ってほしい事はたった二つです。
プライバシーは侵害しない事、防犯意識を高く持つこと。
それさえ守ってくれるなら、そうじが出来なくたって洗い物を綺麗に洗えなかったってきちんと安全な重ね方で片付けを出来なくたって、月はが作った料理を無駄にされたっていいんです!
でも、今朝も玄関の鍵は開いたまま。
初めて別居という言葉が浮かびました。
もしそうなったら、この家には二度とすみたくないなぁ。
清潔を保っている浴室や脱衣所はあっという間にカビだらけになるだろうし、きれいなキッチンの床は物置となり流しも床も掃除されずに真っ黒になるだろうから。



記録(あっという間に一年が経ちました) [家族]

今日はおばあちゃんの命日です。

気持ち的にはつい先日の事のように感じてしまいますが、もう一年経つのですね。

最後の十日間、月が見ていたこともおばあちゃんの様子も忘れたくなくて、職員さんがチェックしてくれていたバイタルサインや血圧、反応などを書き留めて下書きに保存していました。

保存したままにしておこうと思っていましたが、せっかくなので公開してしまいましょう。

だから何なのだという話ではありますが、気持ちの整理も兼ねて。。。

 

1月8日

 口を開けたまま常に「あ~あ~」と言う

 自分の名前を言えた(らしい)

1月9日

 寝泊り開始

 昨日と同じく口を開けたまま「あ~あ~」

 水分を少し

 血圧上が高め

1月10日

 水分を少し

 血圧上が高め

 笑顔あり

 昼間から夕方まで月不在

1月11日

 「あ~」が少なくなった

 脈が速い

1月12日

 発声なし

 水分を少し

1月13日

  夜中熱37.8℃、アイスノン使用

  言葉なし

  午前11時の水分 湯呑1/3摂取 普段よりもたくさん摂れた

  13時自ら水分を欲しがる スプーン3杯ほど

  「はい」「いいえ」の意思表示はっきり

  *10日より 口腔ケアで指を噛む力あり

  昼 熱36.5℃ 夜36.6℃

  尿減少

 20:00 水を欲しがる

 23:00 37.4℃

1月14日

 7:00 ぶどうジュース

  熱下がった

  7:40 おむつ交換 おしっこ出ていない

  「あ~」と言えた

 9:00 水を欲しがる ガーゼに湿らせた水分を1,2回しゃぶる程度

  熱37.1℃

 9:30 コーヒー3口、水

 11:30 ポカリ2,3口 水をしゃぶりむせる

 12:15 おむつ交換

 12:30 口腔ケア

 13:15 バイタルチェック、熱37.1℃

 20:00 バイタルチェック(血圧高め、熱37.5)

 21:10 口腔ケア むせる

 21:30 熱36.7℃ バイタル落ち着いた

 23:00 熱36.8℃ 口腔ケア(水なし)

1月15日(外出とりやめ)

 1:00 口腔ケア

 3:00 おむつ交換、口腔ケア

 5:00 バイタルチェック、口腔ケア

 7:00 ポカリ(ガーゼに湿らせて3,4口)・口の動きなし

 反応ほとんどなし

 7:25 熱37.8℃

 7:40 おむつ交換

 9:40 血圧上126、下97 熱37.7℃

 口腔ケア 吐きそう

 11:35 おむつ交換、口腔ケア

 13:40 熱37.1℃(アイスノン使用)、  血圧上130、下93、 口腔ケア(嫌でも口を閉じることができない、指を噛まない)

 13:00 口腔ケア(抵抗なし)

 16:00 口腔ケア(少し噛むが力なし)

 17:30 口腔ケア(指に吸い付く)

 18:10 口腔ケア(指甘噛み)、おむつ交換

 18:30 血圧上139、下90、脈111、 熱37.1℃

 20:00 口腔ケア(指甘噛み)、熱37.1℃ アイスノン使用

 21:40 口腔ケア(指ガブガブ)

 23:15 バイタルチェック、熱37.1℃ 口腔ケア

1月16日(外出なし)

 1:00 熱下がりアイスノン外す、」バイタルチェック、口腔ケア

 3:00 おむつ交換、口腔ケア

 5:00 バイタルチェック・熱37.5℃以上でアイスノン使用、口腔ケア

 6:30 バイタルチェック 熱37.5℃

 8:15 口腔ケア

 8:20 おむつ交換

 9:15 バイタルチェック・血圧上130、熱上がった38.0℃(アイスノン使用)

 10:00 アイスノン足にも置く、口腔ケア

 10:30 夜勤の方帰り際に2名顔を見に来てくれた

 11:25 口腔ケア(カフェオレ少量)

 11:35 おむつ交換

 13:50 バイタルチェック・熱37.3℃、口腔ケア

 14:20 口腔ケア

 16:15 口腔ケア

 16:40 おむつ交換

 16:50 口腔ケア(反応鈍い)

 17:05 バイタルチェック・熱37.0℃

 18:45 口腔ケア

 20:00 バイタルチェック・血圧上130、下84、脈121、口腔ケア

 21:05 口腔ケア

 22:50 口腔ケア、熱37.5℃、水を欲しがる、アイスノン使用

1月17日

 1:00 熱37.7℃、クーリング増やす、口腔ケア

 3:00 左手握る力あり

 3:15 口腔ケア、おむつ交換

 5:00 血圧上127、下103、脈117、熱36.9℃、口腔ケア

 6:50 口腔ケア、熱37.3℃

 8:20 おむつ交換

 9:00~14:00 月不在

 14:00 熱37.6℃

 15:45 話しかけても反応なし 施設の人の声に反応あり

 16:40 口腔ケア

 16:45 おむつ交換

 18:50 熱37.2℃ アイスノン交換

 20:00 バイタルチェック

 21:13 口腔ケア

 23:05 口腔ケア、熱下がったのでアイスノン外す

1月18日

 1:00 バイタルチェック、口腔ケア

 2:58 急に呼吸が荒くなる

 3:07 熱37.6℃ アイスノン使用

 3:30 おむつ交換

 4:30 熱37.6℃、

  血圧測れず

  酸素が行き渡らないのか足が白く爪は紫で冷たい

  熱はあるが湯たんぽを足元に使用

  緊張がなくなりいつも曲がっていた右腕が伸びた

 6:17 呼吸が更に荒くなる

 8:21 おむつ交換

 9:00 熱40.0℃

  交換のためアイスノンを外したら吐き気をもよおす

  血圧75?

  酸素量等測定できず

  声が出る

 9:30 血圧上70

 9:50 口腔ケア

 10:00 血圧90-70、脈90

 10:50 熱38.8℃、  酸素量65(通常96)

 11:25 おむつ交換、口腔ケア

 12:20 血圧チェック、脈とれず、手足の指先が紫

 12:40 呼吸の回数が減少

  口から魂が出ていくのをとどめるようにぎゅっと口を閉じ飲み込む動作数回

  更に呼吸の回数が少なくなり数回にわたりストップしその都度コールを3~4回

 12:50 呼吸停止

  ストレッチャーに乗せられ隣の病院へ移動

 13:02 臨終

 

亡くなる当日まで月の言葉を理解しているのか月の目を見て頷いたり首を振ったりと反応していた。

もしかしたら月が誰だかわかっていたのではないかと錯覚するほどの動作だった。

月もおばあちゃんが認知症で月の事を理解していないであろうということを忘れて話しかけていた。

午後3時過ぎ母が到着。

臨終には間に合わなかったが、まだ体が温かいうちで良かった。

母「小さくなった」と一言。

追記


お別れ [家族]

25日は通夜

通夜に集まったのは親族のみ。

月は事前に大きな大きなおはぎを用意しました。

誤嚥を防ぐために、もう何年も固形物を口にしていなかったし、液体もとろみがついたもののみしか口にできなかったおばあちゃん。

おばあちゃんの大好きなあんこを旅のおやつに持たせてあげたかったので。。。

斎場でおばあちゃんと対面したんだけど、とてもきれいでした。

背中が大きく曲がってしまっていたため口が開いたままだったのはきちんと閉じられ、女性だからと皺ものばしてもらえていました。

乾燥を防ぐため、ベビーオイルをぬり化粧水をたっぷり使って保湿も完璧です。

病院で着せてもらった浴衣ではなく、襟にはきれいな花模様の刺繍が入れられたきれいな着物を着せられていました。

納棺師はとても細やかな気遣いをされる女性。

これまでで一番感動的な納棺だったと思います。

参列者全員で一緒におばあちゃんの旅支度をしてあげました。

足袋、脚絆、数珠、三途の川の渡し賃、愛用していた着物、旅のおやつのおはぎ、杖、入れ歯。。。

丁寧に丁寧に旅支度を整えました。

そして、寒いからと真綿でできた草履と着物、羽織に布団は2枚。

これらと刺繍の入った着物は全て葬儀屋さんのご厚意で用意されたものでした。

26日は夫と一緒に朝6時に出発。

通勤時間にぶち当たるし、16号は要所要所でものすごく混むので、万が一を想定して所要時間を3時間以上と見ていました。

お坊さんはお時間があるからと、火葬と埋葬まで同行していただけることになりました。

最後のお別れで花入れの時、もう泣けて泣けて仕方ありませんでした。

たくさんの花で飾られたおばあちゃんに、母が「おかあちゃん、おかあちゃん」って何度も声をかけていたのが印象深かったです。

伯母もたくさん声をかけていました。

月も「おばあちゃん、今までたくさんありがとう。」って何度も言いました。

今にも起き上がりそうな、安らかな姿。

でも、両手で顔を触ると本当に冷たい。

いつかこんな日が来ることはわかっていた。

でも、見送るのは辛いよね。。。

棺の蓋が閉じられ、花束を乗せたのですが、月は棺から手を放すことがなかなかできませんでした。

月は今回初めて遺骨の確認をしたのですが、これは本当に辛かった。

おばあちゃんの遺骨は白くてとてもきれいでした。

母は「人ってあっけないね。もう会いたくても写真でしか会えない。親が死ぬなんて思ってなかった」と言っていました。

父親の記憶がない母は親が亡くなるのは初めての経験。

月は父が22年前に亡くなったので、親を亡くした先輩だね、って思っちゃった。

この後は、お墓に埋葬。

月はやっとお墓の場所がわかりました。

これからはおばあちゃんにもひいおばあちゃんにも会いに行かれるね。

澄壽日安信女(ちょうじゅにちあんしんにょ)

おばあちゃんの戒名です。

通常は「日」ではなく「妙」をつけられることが多いそうですが、おばあちゃんは一つ格が上の文字を付けていただけました。

行年101歳ということで、「壽」の字も入ったそうです。

予算外で真綿の着物や布団、花、杖などを用意していただけたり、お坊さんにはお墓まで同行していただけ、しかも戒名もいい文字を入れてもらえた。

おばあちゃん、生前はいいことばかりしていたもんね。

おばあちゃんの人柄が、きっとそうさせてくれたんだと思う。

22年前父が亡くなった時、おばあちゃんの手を握って「長生きしてね」とお願いした通り、おばあちゃんはとても長生きしてくれました。

おばあちゃん、ありがとう。

おばあちゃんの優しさで月は大きくなりました。

 

P.S.夫

いつも月を支えてくれてありがとう。

今回ばかりは心身ともに消耗が激しくて、なかなか体調が元に戻らず心配させてしまいました。

悲しいのはまだまだ薄れないけど、あなたがいてくれるから月は大丈夫です。

 

 

 


おばあちゃんが亡くなりました [家族]

1月18日午後1時2分

おばあちゃんが亡くなりました。

DSCN1703 (800x600).jpg

99歳でした。

あと7か月がんばってくれたら100歳だったけど、年齢に不足はありません。

本当にお疲れ様でした。

看取ることが出来て本当に良かった。

8日に会った時は、もう数日しか持たないと思っていたけど、それから10日も頑張ってくれたよね。

ありがとうおばあちゃん、少しでも長くそばにいさせてくれて。

ゆっくり休んでください。


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長い旅の終着点 [家族]

年末に祖母の調子が悪いとの連絡を受けました。

そして、年が明けて8日の午後3時ごろ。

伯母から連絡がありました。

「食事も水も受け付けないらしい。施設の人もいつもの○○さん(祖母)とは違うと言っている」

医者に診てもらったら、

「無理な食事や水の摂取はしないほうがいい。年齢のことを考えるとあとは自然に任せるのがいいでしょう。」

と言われたそうです。

そして投薬は中止。

食事や水の無理な摂取はやめ、様子をみながら与えることとなりました。

家族の意向は

「延命処置はしない」

なので、自然に任せることに決めました。

月は、連絡をもらってすぐに祖母のいる施設へ行きました。

約3ヶ月ぶりに会いに行ったのですが、ベッドに寝ている姿を見たら、

「持ってあと数日かも」

と思うほどの衰弱ぶり。

車椅子に座ると息苦しくなるからと、年末からはとうとう寝たきりの生活に入りました。

血圧は上が高め。

呼吸は少し荒い。

脈拍はかなり速いので、このまま心臓がいつまで持つか・・・というところでしょうか。

このとき、月は悔いの残らないよう付き添うことを決めました。

この日、自宅へ戻ったのは夜中の12時近く。

寝ないで待ってくれていた夫に状況を説明し、数日は施設か伯母の家に泊まることにしたと話したら、快く承諾してくれました。

本当に良い夫です。

さて、9日はつくばの母と千葉の伯母を連れて施設へ行きました。

2人が施設の人と話をして戻ってきたとき、祖母に付き添って寝泊りできるようにしてもらえる事になっていました。

その日から、夕食とお風呂は伯母の家、その後施設に泊まりで付き添い生活が始まりました。

土曜日に施設に着いたのは夜の8時。

既に消灯時間。

ありがたいことに、祖母の部屋には月の為にTVが設置されており、ポットやお茶、お菓子の準備もされていました。

体の向きを変えたり口のなかを湿らせる作業やオムツの交換は2時間おきに行われているようです。

午前1時を過ぎたころ、施設の方が「休んでくださいね」とベッドを勧めてくれ、そこからは約2時間措きに5時ごろまで眠れました。

昨日は祖母は落ち着いたのか、嫌がっていた水分をスプーン2杯ほど口にしてくれました!

施設の方も祖母の顔を見て「いつもの○○さんだ」と言ってくれて、一安心。

この日は昼過ぎに伯母の家へ行き、仮眠をとってから夕食とお風呂をもらって8時ごろに再び施設。

1晩のサイクルがなんとなくわかったので、巡回に合わせて携帯アラーム(バイブですが)をセットし、初日の夜よりは眠れた気がします。

今朝は残念ながら水分を摂ってくれず。。。

でも、口の中に湿らせたティッシュを指でぐりぐりされるのはものすごく嫌なのか、指をガブガブ噛んでいる。

歯がなくても結構な力のようですが、施設の方はその精一杯の抵抗がうれしいようです。

今日はお風呂の日。

体をきれいにしてもらい、着ている服も脱ぎ着しやすいパジャマに変えてもらい、気持ちよさそうです。

お風呂で疲れたのか、すぐに寝たので30分ほど見守り、どうやら状況は落ち着いているらしいと判断できたので外出してきました。

これから伯母のところへ行き、今日は買い物へ連れて行く予定。

そして再び夜には施設へ行きます。

祖母の体調は金曜日に感じた時よりは長く持ってくれるかもしれないというところで、一進二退といったところでしょうか。

薬の投与なし、食事も水もほとんど摂取なしの状態でどこまでがんばってくれるのか・・・?

それは月にはわかりませんが、祖母の長い人生の旅はもうすぐ終わるのでしょうね。

昨年5月に「看取り介護」の書類を提出、10月にも同じ話が出て、そして12月が3度目。

少しずつ少しずつゆっくりと弱っていき、その間に家族に心の準備をさせてくれている気がします。

介護のお世話ができない自分が残念ですが、最後まで付き添いをできそうだし、すこしでも長くそうさせてくれる祖母に感謝です。


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忘れられない日 [家族]

今日で父が亡くなってから22年経ちました。

毎年思うことだけど、1年って早い。

父が亡くなったのは月が22歳の時だから、今年でちょうど父と一緒に過ごした時間と父のいない時間が同じになります。

これからの月の人生はは父がいない時間の方が大きくなる一方なんですね。

今は次の瞬間には過去になる。

その積み重ねで大切な記憶や楽しい記憶はどんどん遠いものになっていくのは、当たり前なんだけど寂しいものですね。

この22年、とても辛い出来事もたくさんあったけど、それを乗り越えて月は今とっても幸せだよ、お父さん。。。


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あれ?もしかして・・・? [家族]

料理がちょっとアレだったり、栄養面や消費期限も全く気にしない。

更には片付けが苦手(洗っていないものがそのまましまわれていたり)とか、とにかく家事には疎い。

そして、新しいことは覚えない。

新しいリモコン使い方スイッチ入れるだけのものすごく簡単なこと)も、難しい設定は一切話さず、簡単に説明してもわからない。

これは夫の母。


これまで、洗われずにそのまましまわれる食器も結構多かったし、使った鍋はおそらくお湯ですすぐ程度。

使う前に鼻を近づけると煮物の匂いがそのまま残っていることが多い。

蓋に至っては洗われることはまずない。

恐らく汚れているようには見えないからだと思う。

だから、 月が料理をする前や食器を使う前には義母が見ていないところで洗っていた。

夫はそれ(義母が家事がうまくできないこと)は昔からで、ボケているのもいつもの事だと言う。

でも、ここ最近ちょっと違和感を感じることが多々ある。

これまではぐちゃぐちゃながらも、食器は元の場所に重ねられていた。

夫が夜に帰ってきた時に洗ってくれたお弁当箱も朝起きると適当な場所へしまってくれていた。

それが、最近は目の前に同じ種類のお皿が重ねられているのに、その隣に並べて置かれていたりすることが多い。

カセットコンロは普段棚に土鍋をのせたまましまっているけど、土鍋がその場所に置かれていたので、床に置いたままだった。

普通に考えれば土鍋をよけてカセットコンロを置き、その上に土鍋をのせれば片付け終了なんだけど。。。

お弁当箱はいつまでもそのまま(月はちょっと様子を見たかったので、最近はすぐに片づけずあえて手を出さなかった)。

夕食の後に片づける生ごみもそのまま。

今日、「お皿をどこにしまうかわかりますか?」と聞いたら「わかんない」との返事。

言い方を変えて同じことを聞いてみても、やはり「わからない」。

以前は洗濯を週末だけやってくれていたけど、最近は脱水が終わるとそのまま放置されていて、月が気づく時には嫌なにおいがしていることが多い。

「洗濯物は脱水が終わってから放置していると臭くなりますから、すぐに干してくださいね。」とは言ってみたものの、理解されていないみたい。

なので、最近になって週末も月が洗濯をするようにした。

結婚してからも義母がこれまでやっていたことを取り上げるつもりは全くなく、月がいない時の家事はやってもらっていた。

最近感じるようになった、このものすごく微妙な違和感は、ただ忘れているのか、本当にわかっていないのか、その見極めが出来ないでいる。

夫に相談してみたら、「そんなボケはいつものことだろう?」

認知症の始まりは身内にはわからないものと言うよね。

月は4年前から身内だけど、そのちょっとの違和感がどうしても気になる。

夫にも前と今の微妙な差を話してみた。

認知症の検査をしてもらうべき?

何でもなければそれでいい。

ただ、確認して安心したい。

でも、それはどこへ行けばいいのか・・・?

どのように本人に話せばいいのか全く見当がつかない。

「認知症の検査」という一言で逆上する人も多い。

実の親であれば言えることも、義理の親だとそれはやはり無理。

とりあえず、ネットで「認知症 検査」と検索してみた。

症状によって受診する科も変わってくるようで、どれが適しているのかわからない。

そして、検索しているうちに見つけた一番の方法は・・・

まずはかかりつけの医師に相談する

ということ。

そうか!

では、後日義母の通う医者に相談に伺ってみよう。

そこからどうすればいいのかうまく誘導してもらえるかもしれない。

あぁ!

○○歳になったら、毎年認知症の検査をする義務があればいいのに。

毎年、市で健康診断や婦人科検診を受けられるように。

免許証を持っている人はありますよね?

認知症は人によって発症する年齢がばらばらなので、簡単に「○○歳から」とは決められないけど。

それでも、検査を受ける受けないで家庭内のトラブルはかなり回避されると思うんだよね。。。

うん、まずはかかりつけの医師に相談だ。

 

 


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その後のおばあちゃん [家族]

今後のケア(看取り看護等)についての説明を受けてから約1か月。

現在は数日おきに電話をして、おばあちゃんの様子を伺っています。

毎回の返事は

「本日もお食事をきちんと摂られましたよ。ご機嫌も良かったようでお話もたくさんしてくれたし、笑顔も見せてくれました[exclamation]

というのがほとんど。

よかった~[わーい(嬉しい顔)]

もちろん、年齢が年齢だから、もう安心とかというわけではないんだけど、それでもホッとした。

よし、このまま8月17日まで突っ走ろうね、おばあちゃん[exclamation]

そして、千葉市からお祝い金を絶対にもらおうね[exclamation×2]


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今日は夫と一緒 [家族]

今日は夫とおばあちゃんに会いに行ってきました。

「おばあちゃんの4番目に出来た孫だよ。一番年長だけど[わーい(嬉しい顔)]

って夫を紹介しました。

紹介といっても、何度も会ってはいるんですけどね。

 

今日は出された食事を完食できたそうです[わーい(嬉しい顔)]

比較的元気で、今朝は自分の名前も言えたそうですよ[るんるん]

機嫌も良くて、ずっと「ん~ん~[るんるん]」って言っていました。

しかも、何か話している[exclamation]

入れ歯を外していたので、残念ながら何を言っていたのかは理解できなかったのですが、それでも何か言葉を発しているのを聞くのは本当に久しぶりでうれしくなりました。

ずっと車椅子に座っているのは疲れてしまうので、すぐベッドに寝かせてもらいました。

食後すぐだったので、上半身は少し起こしたままです。

それでも、少しむせてしまって苦しそう。

恥ずかしながら、どうしていいのかわからず担当の方を2度ほど呼んでしまいました。。。

自身の唾液でも、何かの拍子にむせてしまうみたいです。

しばらくしたら、疲れたようで眠ってしまったので、施設の方々にご挨拶をしてお暇してきました。

DSCN1712 (800x600).jpg

おばあちゃんは、一生懸命月の顔を見てくれていました。

おばあちゃん、また来るね。

ちゃんとごはん食べてね。

 

さて、施設にいるニャン[猫]

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トラちゃん。

最近姿を見るとずっと猫ルームに入り浸っているか、椅子の下のクッションに座って外を眺めています。

「トラちゃ~ん、遊ぼうよぉ~」

って月が声をかけても反応なし[もうやだ~(悲しい顔)]

施設の方がリードを引いたらシブシブ出てきてくれました[わーい(嬉しい顔)]

あいかわらずおっきいの[exclamation]

初めて抱っこしてみたんだけど、重い[exclamation×2]

8kg以上は確実だね。

みんなの人気者のトラちゃん、素敵な写真がたくさん飾られています。

 

帰りは印西のBIG HOP 黒潮市場へ行ってみました。

先日、ウォーキングに参加した際、割引券をもらったので、帰り際に行かれるところだったから。

月はネギトロ丼食べたよ。

DSCN1723 (800x600).jpg

おいしかった[exclamation]

夫、今度は観覧車に乗りたいよぉ[黒ハート]

 


おばあちゃん [家族]

先週、祖母の近況を施設から聞かせてもらったところ、最近は食事をしてもすぐに吐き出してしまうということでした。

一日に必要な栄養や水分が摂れないため、点滴を6日から打っているそうです。

そこで、今後のことについて担当の医師と12日に話をする予定だったのですが、医師の都合が悪くなり中止となりました。

現状を見ると、食事や水分を摂るときにむせる傾向があり、誤嚥による肺炎の危険も高いとのこと。

伯母が、今後の治療について医師と電話で話したところ、点滴は13日までとし、以後は自然に任せることにしたそうです。

昨日、月と伯母、母、祖母の義理の妹さんの4人で施設へ行き、話を聞いてきました。

積極的な治療での回復は見込めないので、7日間の点滴が終了した後は、自然に任せる。

食事や水分はもちろん摂るように心がけるが、吐き出したり、口の中にため込むようであれば、そこで終了とする。

呼吸が浅くなった時(臨終間際)は隣接の病院へ搬送する。

など、死の宣告のようなものを受けました。

その後、おばあちゃんに面会したのですが、とても元気。

顔色もいいし、調子もよさそう。

ご機嫌もよろしく、笑っています。

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こんなに元気なのに、もしかしたらもう会えないのかもしれない。。。

うそみたいね。

土曜日には、夫と一緒にもう一度来ようと決心しました。

「おばあちゃん、今度は一番新しい(最後に出来た)けど、一番古い(最年長)の孫をつれてくるからね」

って言いました。

今日で点滴は終了。

あとは自然に。。。

この調子でいくと、週末は微妙です。

会えるといいな。

 

 

 

 


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